ついさっき、面白い記事を見つけた。
記事といっても、自分が趣味で見ているTwitterまとめサイトだけど。
Twitterはいろいろな人がいるから、こういった思考とか知識が自分に関係なく入ってきて勉強になる。

因みにこの記事のまとめ自体は、すごい核心をついていると思う。

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実は、鬱っぽくなる一番の理由は、「やるべき事をやっていない状態が、長く続いていること」だと思っている。忙しさや環境のせいに見えるけれど、心を削るのは、本当は分かっているのに手を付けられていない自分を、毎日認識し続けること。 タスクが常に溜まっている状態もそうだし、やらなくてはいけない水準に達していない、という感覚も同じ。できていない事実よりも、「このまま変えられそうにない」という予感のほうが、気持ちを深く沈ませる。

人を一番消耗させるのは、出来ていない事そのものではなく、本当はやった方がいいと分かっているのに動けていない自分を毎日見続ける事。毎日自分を裏切り続けて自分への信頼が減っている状態。だから、簡単な事でいいから「できた」事実を毎日1個作る。小さな積み重ねが自分への信頼回復に繋がるから

人間何もやらずに成長していない状態が一番危険。
将来が大変とかそういう意味ではなくて、自分のメンタル的に危ない。
自分の周りにも、就活をしている人が何人かいるのだが、一部は生きていればどんな職業でもいいと言っていた。ただ、そういう人って自分への信頼が地の底に落ちてしまっている状態ではないのか?このツイートから鑑みるに、自分への信頼回復というのは、日々の積み重ねからくるものであるとしているから、やはり何事も習慣化が必要なのだなと感じる。
それに、この世にはいわゆる「無キャ」という言葉がある。「陽キャ」はコミュニティ外で遊んだり、交友を広げ、「陰キャ」は狭く深いコミュニティで趣味の話などに没頭するが、無キャはそういったことが一切なく、趣味もない人たちを指す俗語である。こういったことにならないために、日々から努力しておくべきなのだなと思う。こういった人たちが一番自分自身への信頼がない状態、それか本当に人生をどうでもいいと思っているか。

因みに自分、就活前ぐらいまでは、日々の積み重ねをしていても謎の焦燥感に駆られていた。
しかも、毎日プログラムを書いて機能やアプリとかを作っているのに!
今思えば、プログラミングしているだけのそれこそ「意識高い」人になるのが怖かったんだなって思う。
結局いろいろやっていても、実績が伴っていなければ意味がないって感じてたんだと思う。実際はそんなことないのにね。勉強したらその分だけ、自分の力にはなると思う。
この辺りの話しはサークルの先輩とかとも結構話したりしたな。
だから、人によるけど、自分にとっては簡単な積み重ねが必要って事実はあんまり意味はなかった。

自分のメンタルを維持するために、前進し続けないと。自分の体と心のことなのに自分自身で制御できないなんてね。

また一つ、勉強し続けていく理由が見つかった。スキルアップだけじゃない、自分自身の制御できない心のため。